2008年02月14日

やっぱり

お外はいいものです。





A山くん、早く風邪を治しましょうね。  

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2008年02月02日

お知らせ


鳳来の岩場での焚き火禁止のお願いです。

鳳来の岩場を愛するクライマーの会
http://webs.to/horai-climb/

他、駐在さんからのお願い事項もあるので協力よろしくお願い申し上げます。
幣ジムにもチラシを貼ってますのでご確認を。  

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2007年07月11日

少し以前

ちょっと、久しぶりに外に登りに行きました。

  




ここ一月以上、一日ゆっくり休める日がなくこの日も午前中のみの数時間。久しぶりの課題や、新しいものを作ったりしました。
やはり外は楽しいものです。誰も人も来ず(ま、人とも会いたくなかったのでそういう場所を選びましたが)、時間を忘れることができます。

惜しむらくは、設定中の課題をきちんと仕上げられなかったこと。

また、行きましょう。
  

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2006年05月06日

GW特集~ちょこっと昔話Part3~

今日あたりで最後になるか?~ちょこっと昔話~。

え~、私がクライミングを始めたころ、ようやくクライミングジムというものが巷に出るか出ないかという時期でした。大学三年の夏休み(1992年夏)、上京した際、初めて遊びに行った”Tウォール”さんもできてまだ間もない頃でした。”Tウォール”さんはクライミングジムでは草分け的存在で、本格的商業ベースのクライミングジムとしては、関東で最初のお店と言っても過言ではないと思います。面倒くさそうに受付けしてくれた方が、かの寺島由彦氏で(失礼ですみません。その際「前に沖縄の外人とあったよ」って話してくれました。それが、前述のR.DAVIDで、DAVIDが1991年、東京で行われたワールドカップを見学しに行った際、偶然、寺島社長とお会いになったみたいです。)が、、そこにいたメンバーもすごい。大岩夫妻(お世話になっております、本人たちは存じ上げてないと思いますが、初対面はこの時)、吉沢央志氏(分かる人は、オールドなのかな?)、大工英晃氏(いろいろ逸話がありすぎて書けません。)等々、そうそうたる、メンバー。「お~、雑誌(岩雪、ジャーナル)で見る人たちばかりだ・・・」と感動しつつ『なんで昼間からこんなところでぶらぶらしてんだろう・・・』って思ったものでした。

それはさておき、大都会「東京」近辺でもそんな状況であったのに、地方も、しかも沖縄でジムなんてまずありえません。そこでわれわれが注目したのが、石垣。ま、発見といっても、ジムが今のようにできる前は、関東でいえば「常盤橋」、関西であれば「大阪城」ってな具合で「都会の岩場」で皆、技を鍛えたものでした。我々もそこに活路を見いだし、石垣を攀じりました。

そこでまず注目したのが、「森川公園」。





我が学び舎、琉球大からもすぐ側で、眺望も抜群。高さも程よく、ボルダーに最適でした。
皆でよく通っては、ワイワイ登ったものでした。古きよき思い出。実は私が部誌に提出した、手書きのトポも残ってます。もしかして貴重品かも?




オススメ課題は「モンキージレンマ」。確か、五年ぐらい前に、学生達と登りにいった際、また、やりました。難しい、易しいとは別で、こう青春の想い出が形が変らず残ってくれることはありがたいことです。以前どっかで文書を書いた「キムジレンマ」のトポも出てきました(これまた紹介します)。
単に、ボルダリングに勤しむだけでなく(大体当時はボルダリングは、本当にトレーニングの域を出て
いなかったと思います)、石垣の割れ目でナッツをかまして支点をつくる練習や、その支点で懸垂下降、脱出等々、ロープワークをつんだものです。よく「いや~、いろいろ練習しようと思っても、場所がなくて・・・」と聞きますが、アイデア次第です(他人に迷惑をかけてはダメですが・・・)。その後、某石垣展望台で、ソロイストを使い登攀練習したりして北部の某絶壁をトライしたりしました。

しかし、まあ、本末転倒というか、その後岩場を探すというよりも、よりよい石垣を探すという方向に走り出し、最後は、某S城(今では世界遺産。いわずと知れたです)で、警察に保護されるまで続きました。当時の警察の皆様、ご迷惑おかけしてスミマセンでした。  

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2006年05月05日

GW特集~ちょこっと昔話 番外編~

昔話から少しそれますが・・・。さて、ぐしちゃん浜。最近は、全くもってポピュラーになり県内外から人がクライミングを楽しみにやってくるようになりました。
こんなことを書いている私自身最近はあまり登りに行っていないので、偉そうなこと書けませんが、現在のぐしちゃん浜は「ある意味」で停滞時期かなと感じてます。

ぐしちゃん浜をクライミングエリアとして見出したのは、1994年年始、当時沖縄にいた永田政彦氏と大学生の長瀬尚氏によって発見されました。とはいっても、この浜、私も以前から知っていた浜でした。

ただまあ、クライミングの対象として見る事ができていなかったということです。当時では、圧倒的な少数派であった筋金入りの「ボルダラー」である永田氏であったゆえに、その可能性を見出せたのだと思っています。その後、「オザーン」こと小沢幸雄氏はじめ様々な実力ありクライマーにより課題が創られました。現在、ほぼ中心に登られている課題のほとんどは、10年以上前にも登られているクラシックといっても過言でないでしょう。私なども発見当初から登っていますが、変なボルトを打ったり、チンケな課題を創ったりとかで、どちらかというとこの素晴らしい岩場の”汚点”づくりのほうが多く甚だ恐縮しております。
しかし、少なくともそういった中で「岩場の質」(あえてこういう言葉を使わせてもらえば)が、上がったり、下がったりしつつも、不具合の轍を踏まないよう、右肩上がりに成長してくれてきたのではないかと思っています。それは、偏に沖縄を愛してくれるあらゆるクライマー達だがいたからだと思ってます。それは、単に目先や自分のことだけを考えたり、甘えた考えでの行動をせず、「質の高い」活動をしてくれたことにつきます。発展途上であったローカルやこれからクライミングをはじめるだろう人たちに対して。しかし、これは結果論であって、活動していた皆様たちはそう思っていなかったかもしれせん。ただ、まあ、当時のほうがしっかりともうちっと、自分に厳しく活動していた人たちが多かったか、もしくは、幸いにも沖縄にそういう人たちが来てくれていただけなのかもしれません。あくまで私的意見ですが。


(1994年 ぐしちゃん浜 ACT2>)

現在もローカルをはじめとしていろいろなクライマー達が、利用して登っているようですが、特に目立った「形」が見えてきません。「形」を出していかなくてはいけないものではありません。他の人に迷惑をかけず楽しんでいればそれで充分なのかもしれません。ただ、まあ、少なくとも「退化」だけしてもらいたくないものです。ま、先に書いたように最近あまり登りに行ってないので偉そうなことは言えなし書く資格もないのかもしれませんが。ただまあ、私自身、ぐしちゃん浜にまだ可能性を感じビジョンも持ってますし、その「可能性」をどんどん若手(でなくてもいいですが)クライマーたちに実行して行ってもらいたいものです。

いろいろ問題も出ていながらも、上手く消化してゆき、常に新しく進化した形、質、スタイルを創って提案してゆけるヨセミテ(大物岩場を引き合いにだして恐縮なのですが)のような岩場になってくれることを願ってやみません。  

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2006年05月03日

GW特集~ちょこっと昔話Part2~

え~、皆様からのありがたい反響もございましたので、また~ちょこっと昔話Part2~を語らしていただきます。

沖縄のロッククライミングはいつから始まったのか?はっきりした資料も現在なく、また、詳しく知っている方もいらっしゃらないのではないかと思っています。私なのなどもいろいろ昔話で聞きはするのですが、どうもはっきりわからない。明確なところでは、「岩と雪」119号のクロニクルで沖縄山岳会の座津武での記録が発表されてます。(余談ですが、そのメンバーのうちの一人は私の大学のクラブのOBです。)スタイルに関しては詳細が抜けてますが、要はハーケンなどを使ったエイド交じりの登攀であったようです。

では、フリークライミングは?初めて行った人物ではないですが、今の沖縄のフリークライミングの系譜のルーツの一人であることには間違いないかと思います。




そう、RIVERA DAVID。1980年後半あたり、北部の座津武エリアやPartyRock(当時はPartyLineと呼ばれていた。)、辺戸岬(宇佐浜エリアではない)や残波岬でもTR(トップロープ)で登っていたとのこと。
かの沖縄を代表するルートの一つ”EasyMoney”(5.10a)も彼の作品です。当時彼に我々琉球大学のワンゲルが一緒に登りに連れて行ってもらったメンバー達の後輩が、私や私の仲間、後輩にあたります。

だから偉そうに彼について書いている私ですが、実は一緒に登りに行ったことはありません(確か会ったことはあります)。いつもクラブの仲間から登りの話を聞いていただけでなので、はっきりと彼についての登りを明記することはできませんが、仕事の関係(米国軍属)で沖縄からいなくなった彼が残した数々のラインをその後目標とし登り続けた私にとっては当時あれだけの登っているレベル(コンスタントに5.11~5.12あたり)は雲の上の存在であり、またレジェンドでした。

座津武南壁のTRルートをその後私がボルトを打ちリードルート化した際、ようやく彼に少し近づけたか
なと悦に浸ったものです。そしてその後も彼を追い続け”DAVIDコレクション”を登り続けたものでした。

現在彼はどこでどうしているのか全くわかりませんが、登り続けていると思っています。どこかで出会い、沖縄クライミングの話がいつかできることを願っています。  

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2006年04月29日

GW特集~ちょこっと昔話Part1~

え~、お陰さまで幣ジムも本日は大変賑わいました。ご来店のお客様、誠にありがとうございます。
本日初来店の方々も多かったですが、今後ともご贔屓によろしくお願い申し上げます。

さてさて、最近あまりこれといって外岩にてパイオニアワーク活動をしていない私ですが、何もしたくないわけではありません。いろいろと暖めているものもたくさんあるのですが、なかなか時間の捻出他雑用で動けない次第(いいわけ?)。他まあ、ごちゃごちゃしていること(もの)もあって安静にしてます。

そこで憂さ晴らし特別GW特集~ちょこっと昔話~を連載します。反響なかったらすぐ辞めますので悪しからず。

さて第一弾は・・・。

その男は、その若さ(当時19歳)にしてすでに世界から注目され、”世界最強”の一人に列せられていました。しかし、その驕りもなく、街中ではごく普通の青年。しかし、岩場に行くと、その目はイキイキとし、また、その存在感も一気にましました。

彼の名前は、”Chris Sharma”。





上記の写真は私が辺戸岬でV8課題しているときに彼がスポッターしてくれているもの。
ま、彼の来沖についての詳しくは私のHP ( http://www.coralrockokinawa.com/Chris2.html )を見てもらうとして、印象に残った事柄を書きます。

まずは、”Action Direct”に関して。小山田大氏がリピートしたことで最近また、かなり日本でも注目されてますが、初登者のW.ギュリッヒは私の尊敬するクライマーの一人。私と出会ったときはすでにシャルマは、この"Action Direct"をトライして、登れなかったあとでした。いろいろと彼にその時の話を聞きました。「なぜ登れなかったの?」と。
今までどんなことでも言い訳しなかった彼が一言「あの時は指の調子が悪くホントつらかったんだよね」っと応えました。そして「次やるときは絶対登れるよ」とすぐその言葉を打ち消すかのように言いました。大ちゃんが、指をパキってそれを克服して登ってしまった今では、シャルマの言葉もホント言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど、嘘ではないし言い訳でもないと今でも思っています。彼の"Action Direct"成功の朗報をいつの日か聞けることを楽しみにしてます。
そしてもう一つが”なんでボルト打ったの?”でした。とある具志頭の有名課題に当時ボルトが打たれていました。それをクリスが不自然に思ったのでしょう。そこで私も”言い訳”させてもらいました。ただまあ、クリスもそのあたりもわかってくれたようです。しかし、まあ、非はそれを打った私にあるのです。

そのボルトを打った時代背景と今は大分違ってきました。私は決してボルト否定派の人間ではありあません。肯定してます。しかし、私が今まで創ったルートで一番印象が残っているのは何?って言われて最初に思いつくのは、こういった過ちで打って創ったルートの数々です(だからといってそのルートを答えませんが・・・)。そのクリスに突っ込まれた岩のボルトも打つ前の晩は眠れませんでした。そして今でも、鮮明に打つ瞬間を覚えてます。だからと言って許される行為だと微塵に思ってませんが・・・。今回のR&SのSIURANAの記事を読んでちょっと羨ましかったです。

今の沖縄とこれからの沖縄を考えて、そして、今うちのジムにも登りに来ていただいている、若者、子供たちのことを考えれば、今の自分たちだけのことを考えて行動するは空しいですね。

さてさてクリス。今でもこっちのことを覚えてくれているようです。たまに海外に行った友人とかで、彼と話した際に沖縄の話がでるといつもこう言ってくれるらしいです。

「じゃあ、ミチ知ってる?よろしく伝えておいてね。」

クリス~、またたこ焼き食おうな  

Posted by ミチゾウ at 23:07Comments(3)TrackBack(0)外岩関連